10月1日に始まるカスタマーハラスメント対策の義務について、これまでそろえる三つと起きた日の初動を書きました。今回は、経営者の方から一番多く聞いた率直な声を取り上げます。「悪いのは相手のはずなのに、なぜ対策を求められるのはこちらなのか」。私は、この感覚には一理あると思っています。
先に、要点を三つ
- 今回の義務は「顧客を罰する制度」ではなく「働く人を守るために事業主が備える制度」です。 他のハラスメント対策と同じ型なので、矛先が事業主に向いて見えるのだと考えられます。
- 行為者への抑止は、別の仕組みに委ねられています。 犯罪に当たる言動は警察、損害は民事の手続、社会の意識は自治体の条例や啓発が担う。会社が一人で背負う設計ではないと読めます。
- だからこそ、過剰に背負わない構え方が考えられます。 会社が決めるのは「線を越えたら組織で対応する」という約束と、その手順。毅然と断ることも、取引先との関係でも、制度上は想定の範囲です。
なぜ事業主側に義務が来るのか
今回の措置義務は、パワハラ防止の措置と同じ法律の枠組みに置かれています。事業主は、雇う人が安心して働けるよう職場環境に配慮する立場にある。その立場から、顧客等の言動によって就業環境が害されないよう、雇用管理上の措置を講じる、という筋道です。
指針の定義も、「顧客等の言動」「社会通念上許容される範囲を超えた」「労働者の就業環境が害される」の三つの要素で組み立てられています。着眼点は一貫して労働者の就業環境で、行為者に何をするかは中心ではありません。
理屈は分かる。それでも「相手の行為の後始末を、なぜこちらの費用と手間で」と感じるのは自然だと思います。この感覚を打ち消す必要はなく、役割分担として受け止める、というのが現実的ではないでしょうか。
相手側への抑止は、どこが担うのか
行為者への働きかけがないわけではありません。暴行や脅迫など犯罪に当たり得る言動は警察への通報が対処の例に挙がっていますし、民事の手続に進む選択肢も指針に書かれています。社会の意識の側では、東京都が2025年4月に全国に先がけて施行した条例が「何人も、あらゆる場において、カスタマーハラスメントを行ってはいけません」と宣言しました。罰則はありませんが、行為そのものに社会が線を引いた、という意味を持つと考えられます。
もう一つ見落としがちなのが、事業主の責務として「自社の従業員が、他社の従業員に対してカスハラをしないよう注意を払う」ことが挙げられている点です。取引先の担当者からの行為も対象になる一方で、自社もまた行為者側になり得る。片側だけが負担するのではなく、全ての事業主が両方の立場を持つ構造です。
では、どう構えるか
一つ目は、過剰に背負わないことです。義務の中身は、方針・相談窓口・対応手順・悪質な場合の対処方針を決めておくことで、完璧な防御を求められているわけではありません。記録と組織対応で個人を守る。ここまでが会社の仕事、ここからは警察や弁護士、と線を引いておく。そういう構え方が考えられます。
二つ目は、毅然とした対応は許容されている、と知っておくことです。指針は、毅然とした態度で対応し労働者を保護する旨の方針を明確にするよう求めており、特に悪質なものへの対処の例として、警告文の発出、サービス提供の停止、出入り禁止が並んでいます。業法上サービスの提供が義務づけられている医療などは置き方が変わりますが、「断れない」が出発点ではありません。
三つ目は、取引先との間でも同じだということです。発注側の担当者の言動が対象になる以上、受注側だからと我慢する前提は、制度上は置かれていません。協力を求めたことを理由に契約を切る扱いは望ましくない、と指針にも書かれています。
まとめ
- 今回の義務は、顧客を罰する制度ではなく、働く人を守るために事業主が備える制度
- 行為者への抑止は警察・民事・条例と社会規範が担い、会社が一人で背負う設計ではない
- 決めるのは手順と線引き。記録と組織対応で個人を守り、毅然と断ることは想定の範囲
非対称に見えるのは、役割分担の一部だけが自分に見えているから、というのが私の今の理解です。施行後の様子は、改めて取り上げます。方針や手順の文書化は、当事務所の無料相談をご利用ください。
参考(一次情報)
- 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」: https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
- 東京都「4月1日から東京都カスタマーハラスメント防止条例を施行します」(2025年4月): https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/2025/04/03.html
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の法的助言ではありません。内容は2026年9月時点の公表資料によります。
