この10月、短時間で働く方の社会保険の加入条件から、月額8.8万円以上という賃金の条件がなくなりました。いわゆる「106万円の壁」の撤廃です。
「壁がなくなった」と一言で片づけられがちですが、私はこの改正を、単発の制度変更というより、長く続いてきた流れの一場面として読んでいます。審議会の資料を読み返しながら考えたことを、今回から3回に分けて書きます。制度の解説というより、私自身の勉強の記録です。
先に、要点を三つ
- 外されてきたのは「賃金」「会社の規模」「業種」の条件で、残るのは「週20時間」という時間の条件です。 条件を一つずつ外していく順番そのものに、国の考え方が表れていると読めます。
- 行き着く先は「雇われて一定以上働く人は、原則みな被用者保険へ」ではないでしょうか。 審議会は、働き方や企業の雇い方に「中立的な制度」を繰り返し掲げています。
- 中小企業にとっての論点は「入るかどうか」より「いつ順番が来るか」です。 会社の規模の条件は2027年10月から段階的に下がり、2035年10月にはなくなる予定です。
条件は一つずつ外されている
短時間で働く方が社会保険に加入するには、これまで、賃金、週の所定労働時間、勤め先の規模、学生でないこと、という条件がありました。
このうち賃金の条件は、最低賃金が上がり、週20時間働けば自然に満たす水準になったことを理由に、今回外されました。会社の規模の条件は、いまは従業員51人以上ですが、2027年10月から段階的に引き下げられ、2035年10月には撤廃される予定です。さらに2029年10月からは、常時5人以上を使う個人事業所のうち、これまで対象外だった業種も加入の対象になります(すでにある事業所は、当分の間は対象外とされています)。
賃金、規模、業種。外される条件を並べてみると、最後に残るのは「どれだけの時間、雇われて働いているか」だけです。
審議会の言葉から読む「国の向き」
改正に先立ち、社会保障審議会の年金部会が2024年12月に「議論の整理」をまとめています。読んでいて目に留まったのは、会社の規模の条件を「当分の間」の経過措置と位置づけたうえで、勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度をつくる観点から「撤廃する方向で概ね意見が一致した」と書いている点です。
規模の条件は、もともと恒久的な線ではなく、中小企業の負担に配慮して置かれた猶予だった、という整理です。そう読むと、今回の改正は新しい方向転換ではなく、以前から示されていた方向へ一歩進めたもの、と見るほうが自然ではないでしょうか。
改正法には、施行後も加入の範囲について引き続き検討する旨の規定も置かれています。「ここで打ち止め」とは書かれていない、というのが私の読みです。
経営の側で考えておきたいこと
では、会社として何を考えておけばよいか。私は二つあると考えています。
一つは、自社に順番が回ってくる時期を先に確かめておくことです。従業員が50人以下の会社でも、いずれ人数の条件はなくなります。いまの人数で数えると何年の10月に対象になりそうか、一度確かめておくだけで準備の時間が読めます。
もう一つは、人件費の見積もりです。週20時間以上働くパートの方が加入すれば、会社にも保険料の負担が生じます。国は、事業主が保険料を労使折半より多く負担して本人の手取りの減少を和らげた場合に、その上乗せ分を制度的に支援する時限的な仕組みも設けました(対象となる企業や人には条件があります)。試算の下ごしらえ、たとえば契約時間の一覧から対象になりそうな方を洗い出す作業はAIに任せ、使うかどうかの判断は人がする、という分け方が現実的ではないでしょうか。
まとめ
- 賃金・規模・業種の条件が順に外され、残るのは時間の条件
- 審議会は「中立的な制度」を掲げ、規模の条件は経過措置と位置づけていた
- 中小企業の論点は「いつ順番が来るか」と「人件費をどう見込むか」
次回は、今回は手が付けられなかった「130万円の壁」と、配偶者の扶養に入っている方の年金(第3号被保険者)のゆくえを考えます。
自社がいつ対象になるかの確認や、人件費の試算については、当事務所の無料相談をご利用ください。
参考(一次情報)
- 厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00021.html
- 厚生労働省「社会保障審議会年金部会における議論の整理」(2024年12月25日公表): https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20241225.html
- 日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」: https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.html
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の法的助言ではありません。制度の方向性に関する記述は、公表資料をもとにした筆者個人の考察です。内容は2026年10月13日時点の公表資料によります。
