個人事業主やフリーランスの方が、一般社団法人などの「役員」になって健康保険・厚生年金に加入し、国民健康保険と国民年金より保険料を抑える。いわゆる「国保逃れ」「社会保険料削減ビジネス」と呼ばれた手法に、この春から国が本格的に手を入れています。今回から4回に分けて、この件を入り口に、社会保険のグレーゾーンとの付き合い方を考えます。

先に、要点を三つ

  1. 脱法的な手法は「ルールの穴」を突くもので、使っている最中は違法と言い切れないように見えます。 形式の上では、届出も保険料の納付も整っているからです。
  2. 当局が「解釈の明確化」を出すと、評価は過去にさかのぼり得ます。 明確化は新しいルールではなく「もともとそういう意味だった」という扱いだからです。
  3. だから、グレーには近寄らないのがいちばん安上がりです。 目先の削減額の計算に、後から遡って崩れる可能性を入れておくことが大切だと考えられます。

どういう仕組みだったのか

国民健康保険の保険料は、主に前年の所得に応じて決まります。稼ぎの多い個人事業主ほど高くなります。一方、会社の健康保険・厚生年金の保険料は、その会社から受け取る報酬で決まります(標準報酬月額=保険料を計算するための月給の区分)。

そこで、法人の役員に就いて低い役員報酬を受け取れば、本業でいくら稼いでいても、保険料は低い報酬の分だけで済む。その代わり、法人には報酬を上回る「会費」を払う。これが基本の形でした。「法人の役員も、報酬を受けていれば健康保険等に加入する」という従来の取扱いを入り口にした仕組みです。

何が「明確化」されたのか

厚生労働省は2026年3月18日、協会けんぽ・健康保険組合・日本年金機構に通知を出しました。役員として加入できるかは、(1)業務が法人の経営に参画する継続的な労務の提供か、(2)報酬がその対価として継続的に支払われているか、で判断する。そのうえで、報酬を上回る会費を払っている場合や、業務が勉強会への参加・アンケートへの回答にとどまる場合は、原則として加入は認められないと示しました。9月14日には、役員ではなく「勤務時間が極端に短い正社員」として雇う形にも、同じ考え方を広げています。

9月14日の審議会資料によれば、日本年金機構は8月末までに45社を調査し、うち38社が対象者全員の資格喪失届を提出、1万1,610人が資格を失いました。

なぜ「遡る」のか

通知の言葉づかいに注目してください。新しい基準を「設けた」のではなく、「明確化した」と書いています。判断の物差しは昭和24年の通知以来のもので、今回はその当てはめを具体的に示した、という建付けです。通知は、実態と異なる資格取得の届出は法律に反する、とも明記しています。

そうなると、実態のない加入は「今日から認めない」ではなく「はじめから要件を満たしていなかった」と整理され得ます。法律の改正なら施行日から先に効くのが原則ですが、解釈の明確化は、過去の届出にもそのまま当てはまり得るのです。

報道では、資格がさかのぼって否定されると、その間に使った医療費の保険負担分の返還や、国民健康保険料・国民年金保険料のさかのぼった納付を求められ得ると伝えられています。保険料の徴収や還付には原則2年の時効がありますので、実際にどこまで精算されるかは、個別の事情によると考えられます。

グレーは、社会保険に多い

社会保険には、「報酬とは何か」「使用される者とは誰か」のように、法律の文言だけでは線を引き切れない場面が多くあります。そこを通知や照会への回答で補ってきた分野です。裏を返せば、今は誰も止めていない仕組みでも、通知一本で、しかも過去にさかのぼって評価が変わり得る、ということです。

次回は、この「遡る」仕組みを、資格の確認・届出の訂正・時効という手続の面から見ていきます。

まとめ

  • 脱法的な手法は、使っている最中は違法と言い切れないように見える
  • 解釈の明確化は「もともとそういう意味だった」という扱いなので、過去にも及び得る
  • 社会保険は文言だけで線を引き切れない場面が多く、グレーが生まれやすい
  • 削減額の計算には、遡って崩れたときの負担も入れておく

ご自身や自社の役員・従業員の加入の仕方に気になる点がある方は、当事務所の無料相談をご利用ください。

参考(一次情報)

  • 厚生労働省「法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて」(令和8年3月18日 保保発0318第1号・年管管発0318第1号、9月14日一部改正): https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000190457_00024.html
  • 厚生労働省「勤務時間が短い正規型の労働者として事業所に使用されている個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて」(令和8年9月14日 保保発0914第2号・年管管発0914第2号): https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_75927.html
  • 第85回社会保障審議会年金事業管理部会 資料4「いわゆる社会保険料削減ビジネスを行っていると疑われる事業所に対する事業所調査の状況について(報告)」(令和8年9月14日): https://www.mhlw.go.jp/content/12508000/001749239.pdf
  • 関係条文: 健康保険法第3条第1項・第39条・第48条・第193条、厚生年金保険法第9条・第18条・第27条・第92条、国民年金法第102条

※本記事は一般的な情報提供であり、個別の法的助言ではありません。内容は2026年10月4日時点の公表資料によります。