「AIで楽になった分、早く帰って」。そう言った経営側に対して、社員は帰らなかった。9月中旬に報じられた、AI活用で先行する大手IT企業の話です。一部の業務の工数を6〜9割減らしたにもかかわらず、現場は空いた時間に自ら仕事を詰め込む、と経営トップが語ったと伝えられています。AIを毎日使う私にも、他人事には読めませんでした。
先に、要点を三つ
- AIで個々の作業は速くなっても、総労働時間はあまり減っていない、という調査があります。 作業時間は平均16.7%短縮した一方、労働時間が減ったと答えた人は4人に1人。浮いた時間の6割は仕事に戻っていました。
- 浮いた時間の行き先を決めていないと、既存の仕事に吸い込まれます。 「速くなったから2件やる」は自然な流れで、誰かが「1件でよい」と決めない限り、時間は減らないと考えられます。
- 時間で測る制度は、AI時代も変わりません。 だからこそ、時間を減らすのか成果を増やすのかを経営が先に決め、AI導入と同時に「何をやめるか」を決める、というやり方が考えられます。
数字で見る「速くなったのに忙しい」
パーソル総合研究所が今年2月に公表した調査(正規雇用者3,000人・2025年10月実施)によると、生成AIを使った作業の所要時間は平均16.7%、週にして26.4分短くなっていました。ところが、業務時間そのものが減ったと答えた利用者は25.4%にとどまります。減った時間のうち61.2%は仕事に再び投じられ、その大半が日常の業務に使われていました。
つまり、AIは仕事を「代わりにやる」より「速くする」方向に働いていて、速くなった分は次の仕事で埋まる。冒頭の企業の話は、その構図が先進的な現場でも同じだ、という例なのだと思います。
浮いた時間はどこへ行くのか
行き先は、大きく三つ考えられます。一つは、仕事が増える。速くなった分だけ件数が増え、AIの使い方を教える、社内に広めるといった新しい仕事も乗ってきます。二つ目は、品質に回る。同じ時間でより丁寧に、より深く。これは悪いことではありませんが、労働時間は減りません。三つ目は、帰らない文化。周りが残っていると帰りにくい、早く帰ると手を抜いていると見られる気がする。制度の問題というより、職場の空気の問題です。
どれも個人の意思だけで変えるのは難しく、「AIを入れたから早く帰って」と言うだけでは、たぶん人は動かないのだと思います。
制度は時間で測る。だから経営が決める
ここで社労士の立場から一つ申し上げると、労働時間の管理は、AIがどれだけ普及しても「時間」で行われます。成果が2倍になっても法定の労働時間の枠は変わりませんし、実労働時間を把握する責任は使用者にあり続けます。むしろAIで作業の形が変わる分(自宅でAIに指示を出しながら仕事をしている時間は労働時間か、といった問い)、実態把握は難しくなる面があると考えられます。時間で測る制度と、成果で見たい実感の乖離は、これから広がっていくのではないでしょうか。
だとすると、決めるのは経営です。AIで生まれた余力を、労働時間の短縮に使うのか、同じ時間で成果を増やすのか。どちらも経営判断としてあり得ますが、決めないままだと現場が既存の仕事で埋めてしまう、というのが調査の示すところだと思います。もし時間を減らす方に振るなら、AI導入と同時に「何をやめるか」を決めるやり方が考えられます。速くなった仕事の件数を増やさない、会議を減らす、報告書を短くする。やめる決定は、AIに頼みにくい部分です。
なお11月は過労死等防止啓発月間で、徳島でも11月19日に厚生労働省のシンポジウムが開かれます。AI時代の長時間労働は、量が増えるというより「速くなったのに減らない」形で現れるのかもしれません。足元の勤怠を見直す機会になればと思います。
まとめ
- AIで作業は平均16.7%速くなったが、労働時間が減った人は4人に1人。浮いた時間の6割は仕事に戻る
- 行き先を決めないと、時間は既存の仕事に吸い込まれる。個人の意思だけでは変えにくい
- 時間を減らすのか成果を増やすのかを経営が決め、AI導入と同時に「何をやめるか」を決める。勤怠の実態把握はAI時代も変わらない
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参考(一次情報)
- パーソル総合研究所「生成AIとはたらき方に関する実態調査」(2026年2月3日公表): https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/generative-ai/
- ITmedia NEWS「経営『AIでラクして早く帰って』→社員『帰らない』 工数最大9割減のDeNAも悩むAI効率化の壁」(2026年9月18日): https://www.itmedia.co.jp/news/article/2609/18/2000001484/
- 厚生労働省「過労死等防止対策推進シンポジウム」(徳島会場 2026年11月19日): https://www.mhlw.go.jp/karoshi-symposium/
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の法的助言ではありません。調査・報道の記述は2026年9月時点の公表資料によります。
